
▲学校で高校生向けのキャリア講習を行う名久井さん(ご提供写真)
ー長くお勤めだったんですね。なぜ起業に至ったのでしょうか?
2013年に長女が生まれて、育休から復帰したんですけど、当時はまだ職場の両立環境が整っていなくて。育休明けは当たり前のようにフルタイムで復帰する流れでした。私も特に疑問にも思っていなかったんですけど、子どもの体調不良などでまともに仕事に行けない日が続いて…。職場への申し訳なさと疲れで、メンタルもダウンするギリギリの日々。本当に、暗いトンネルを一人で歩いているような時期でした。
ー一番辛かったのはどんなことでしたか?
1人目の時は、自分に律していたハードルがとにかく高くて、何でも「完璧にやらなきゃ」と身構えてました。おまけに「できないと思われるのが恥ずかしい」と思って、誰にも相談もせず…。その結果、うまくいかなかったんですけど、「きっと周囲の先輩ママはみんなうまくやってるんだ、私だけができないんだ」と劣等感ばかり感じてしまったんです。
ーうーん辛い…どうやって乗り越えましたか?
本当にメンタルがダウンしかけた時に「このままだと可愛い娘の成長を見逃してしまう」って、ようやく気づいたんですね。娘の笑顔のために育児しているのに、目的が逆転しちゃってるって。その時から完璧主義を手放して、お料理も毎日手作りじゃなくていいし、家事も何か1つできればいい、と考えるようになりました。
ー2人目の時は?
次女の妊娠はその4年後の2017年だったんですけど、発覚した時から「1人目の二の舞にはなりたくない」と、自分で「セルフ働き方改革」をし始めました。
ーセルフ働き方改革!新しいですね(笑)
まずは夫と家事分担や、仕事をどんな風に両立させていきたいか、きちんとすり合わせて。それからSNSや本で時短家事の情報も集めて、家庭と職場と双方で準備していったんです。職場では時短勤務の前例はなかったんですが、育休中に人事や上司に相談して打診しました。そしたら、思った以上に柔軟に対応してくれて。
ー実は誰も言って来なかった…みたいな事だったんでしょうか?
おそらく、そうだったようです(笑)。自分から動けば会社が変わる可能性があること、夫と話し合えばうまくいくこと、この2点に気づけたのが自分の自信につながりました。そもそも2人目の妊娠中は切迫早産で入院することになってしまって、物理的に家事を分担しなきゃやっていけなくなったんですけど…。
ーでも、なぜ退職して、さらには起業へと踏み出したのですか?
コロナ禍をきっかけに、対面でしか働けない働き方に対して、自分なりに向き合うようになりました。加えて同じタイミングで下の子が小学校入学を控えてて。繊細な性格なので、すぐには学校に馴染めないことが目に見えてました。いわゆる「小1の壁」です。でも会社は制度上、時短勤務からフルタイムに戻らなければならなかったんですよね。そこで在宅で働けるスキルを身につけて、この壁を乗り越えようと退職を決意しました。