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○○ママの好きなこと・大切なこと 石鹸は、私にとって「社会のドア」。|舟崎 恵美さん

2026年4月17日 公開

手作り石鹸サロン olive
舟崎 恵美さん

札幌市内で手作り石鹸サロン「olive」を主宰する舟崎恵美さん。市民講座やマルシェなどを通じて、石鹸づくりの楽しさを伝える活動を続けています。過去には転勤族として各地を巡り、不妊治療や海外での子育てなど、さまざまな経験を重ねてきました。そんな舟崎さんが肌トラブルをきっかけに出会った手作り石鹸が、やがて自分自身の居場所となっていった背景についてお話を伺いました。

Contents

1. 孤独と向き合った転勤生活と、待ち望んだ出産
2. 海外と日本の環境の違いと戸惑い
3. 肌トラブルから始まった石鹸づくり
4. 「伝えること」が、新しい居場所に

孤独と向き合った転勤生活と、待ち望んだ出産

―これまで転勤が多かったそうですね。
夫が転勤族だったので、結婚してからはいろいろな土地で暮らしてきました。結婚したのは32歳のころ。それまではずっと働いていたのですが、転勤をきっかけに仕事を辞めて、釧路での生活が始まりました。最初のうちは、社会との接点がほとんどなくなってしまったことがツラくて。友達もいないし、子どももいない。どこにも所属していない感覚があって、気持ちが沈みがちになりました。

ー環境がガラリと変わったんですね。
そうですね。ずっと働いて、人と関わりながら生きてきたので、それがなくなった時、「自分って何なんだろう」と思ってしまって。「定年退職したおじさん」みたいに、自分の価値が見えなくなる感覚がありました(苦笑)。もともと趣味だった山登りに没頭し始めたのもこのころ。毎週のように夫と二人で北海道の山を歩いたり、時には海外の山に行ったり。とにかく何かしていないと、自分が空っぽになってしまいそうで。

▲提供写真

ーお子さんはその後に?
なかなか授からなくて…。あちこちに転勤し、地元の札幌に戻ってから不妊治療を始めました。でも思うようにいかず、気持ちが落ち込むことも多かったですね。それでも夫と話し合って、「今年で一区切りにしよう」と半ば諦めかけた時に、ちょうど授かったんです。

ーそういったケースは多いみたいですね。
本当に不思議でした。子どもを授かったことで、それまで抱えていた悩みが一気に軽くなった気がしました。「自分は何者でもない」と沈んでいた時期が長かったんですが、息子が生まれて、「この子につながる存在なんだ」と思えたことで、救われた感覚がありました。

ー妊娠中は順調でしたか?
それが、つわりがとても重くて。7カ月くらいまでほとんど食べられず、入院生活になりました。体重もかなり落ちてしまって、「このまま大丈夫かな」と不安でしたね。でも7カ月を過ぎたころから急に食べられるようになって、最終的には3970グラムの大きな子が生まれました。出産も大変でしたが、「やっと会えた」という気持ちの方が大きかったですね。

海外と日本の環境の違いと戸惑い

▲提供写真

ー出産後も転勤が続いたんですか?
はい。出産して4カ月ほどで東京に転勤になりました。知らない土地での子育てでしたが、支援センターや地域のイベントがとても活発で、毎日のようにどこかへ出かけていました。遅くに生まれた子どもだからこそ「何かしてあげなきゃ」という気持ちが強く、人と会わない日がないくらい動いていたので、結果的には友達もできて、楽しく子育てができたと思います。

ーその後、海外生活も経験されたとか。
息子が幼稚園の年中の時、夫の転勤でロンドンへ行きました。初めての海外生活で戸惑うことも多かったですが、現地の学校では楽しく過ごせていたと思います。ただ、日本に戻ってきてからが一番大変でしたね。
ー帰国後の環境の違いでしょうか。
そうですね。向こうでは体育の授業も日本のように細かくありませんし、日本の学校生活に合わせていくのが大変でした。勉強の進み方も違うので、塾に通わせたり、習い事を始めたり、子どもも私も必死でした。

ーお友達関係はどうでしたか?
それが一番しんどかったです。同じ幼稚園出身の子たちが揃っている小学校のコミュニティに、途中から1人で入っていくのって、なかなか難しくて。ママたちとコミュニケーションを取る場面も少ないので、息子も遊ぶ輪に入りにくかったんだと思います。

ーどうやって乗り越えたんですか?
いろんな習い事をさせたり、学力の底上げにと思って塾に行かせたんですよ。それが思いがけず良くて。塾のお友達とすごく仲良くなって、私もお迎えで他のお母さんと顔を合わせるうちにつながりができて。学校とは別の居場所になっていきましたね。振り返ると、環境が変わるたびに戸惑いはありましたが、その都度、人とのつながりに助けられてきた気がします。

肌トラブルから始まった石鹸づくり

▲提供写真

ー石鹸づくりを始めたきっかけは?
ロンドンで暮らしていたころ、向こうは日本と違って硬水なので、肌に合わなくて皮膚科に通うことが増えました。そんな時に旅行でギリシャを訪れたんです。道端にオリーブ石鹸がたくさん並んでいて、「どうなんだろう」と思って使ってみたら、とても良かったんです。

ーなるほど。自分で作るようになったのは?
ギリシャ旅行の時、オリーブ石鹸が気に入り過ぎてスーツケースいっぱいに買って帰ったのですが、帰国後に使い切ってしまって。さらにコロナ禍になって手に入らなくなった時、「それなら自分で作ってみよう」と思ったんです。

▲提供写真

ー思い切りましたね。
ロンドンにいた時にネイルや美容師、料理など、資格を持っているママたちが自分のスキルを生かして活動しているのを見ていたので。転勤族だからなかなか腰を据えて働けなかったけれど、「帰国したら絶対何か資格を取ろう」と思っていたんです。それがちょうど結びついて。

ー石鹸の資格を取ったんですか?
どうせ石鹸づくりにチャレンジするなら、きちんと知識を身につけたいと思いました。工程では苛性ソーダなどの薬品も使うので安全面の知識も必要ですから。最初はジュニアソーパーという資格を取り、その後もいくつか資格を取得しながら、今は日本デザイン石けん協会(JDSA)認定校として教室を開いています。作っていくうちに、どんどん面白くなっていったんです。

ー石鹸のどのへんにハマったんですか?
例えば、オイルの組み合わせや香りづけ、牛乳・はちみつ・柚子など加える素材によっても使い心地が全然変わりますし、デザインも加えると本当に無限。やってもやってもまだ新しい石鹸が生まれるから、全然飽きないんですよ。

「伝えること」が、新しい居場所に

▲提供写真

ー教室を始めたのはいつごろからですか?
最初は誰にも知られていない状態だったので、まずはマルシェなどのイベントに参加してワークショップを開くようになりました。声をかけてもらった催しにはできるだけ参加して、少しずつ知り合いが増えていったかたちです。今は札幌市の市民カレッジで講座を担当するようになり、参加してくださった方が「もっと作りたい」といってくださって、サークルとして活動が続いています。

ー教室にはどんな方が来ますか?
お子さん連れも多いですよ。最近は液体ソープしか使ったことがない子どもも多く、石鹸を作るどころか使うのも初めてという子がたくさんいて。でも、作り終わると目がキラキラしているんですね。そういう体験をもっとたくさんの方に知ってほしいんです。
ー販売ではなく、「伝える」を重視しているんですね。
はい、私は石鹸を「自分で作って使う楽しさ」を伝えることを大切にしています。だって、自分で作った石鹸が洗面所にあるだけで、ちょっと気持ちがやわらぐんですよね。日常の中に、小さな楽しみが増えるというか。

ー活動を続ける中で、ご自身の変化は?
以前は「自分には何もない」と思っていた時期もありましたが、石鹸づくりを通して人とつながるようになって、「ここが自分の居場所なんだ」と思えるようになりました。私にとっては「社会のドア」みたいなもの。それに、手を動かして何かを作る時間は、自分自身に戻れる時間でもあります。これからも、石鹸づくりを通じて、誰かの日常が少し楽しくなるお手伝いができたらうれしいですね。

ー石鹸づくりについて、息子さんはどんな反応?
昔は一緒に石鹸を作ったこともありましたが、もう使うだけです(笑)。でも「今回のはしっとりするね」など言ってくれるので、ちゃんと違いはわかってるみたいで。それだけで十分かな。

手作り石鹸サロン olive
舟崎 恵美さん